くもりのち強風

『コイ、です』の続きかも。て言うかエイ秋は多分全部続き。

 収納ラックの中の残数をチェックすると思ったよりもずっと少なかった。画材は消耗品だが、その中でもトーンの消費量は1・2を争う。作画に入らなければ一切使わないトーンではあるが、いざ原稿を仕上げる段階になると消費量が大幅に増えるのだ。いつも足りないと気付くのはまさに仕上げをしている真っ最中であり、大抵そんな時は買いに行く時間も惜しい。「今の原稿を上げたら買いに行こう」「後で買いに行こう」と後回しにしてしまう。
 高木はラックの中のトーンを数えようとした。が、実際は数えるほどもなかった。1枚2枚と数えようとしても、どの種類も5枚とないのだった。ここまで減ってよく気付かなかったものだと、高木は真城や小河の顔を思い浮かべた。幸いにも〆切はまだ先だ。真城は下書きに精を出しているが、ペン入れが終わりアシスタントが入るまで、その間高木は実質やる事がない。いつもは作品作りのために知識を蓄えたり調べ物をしているが、さすがに今は画材調達が先決だった。
「なぁ、トーン全然ないから明日俺買いに行って来る」
「そんなになかったっけ」
「1枚も残ってないやつもあるぞ」
  マジかよ、と下書きを進めながら真城は呟いた。真城の叔父の川口たろうが残したトーンを使いながら買い足し買い足しで使ってきたが、さすがに週刊連載ともなると消費量が違う。あっという間にみるみる減ってしまった。トーンはアシスタントの机の上や下、部屋のそこかしこに散らばっていたりするので高木が数えた分は厳密な数ではないが、それでも少ない事は確かだった。
「まだこのあとペン入れあるから、俺行けないけど……」
「わかってるって。とりあえず今少ないやつと沢山使うやつ、他に何か欲しいのあったら言ってくれ。買って来る」
 高木は笑ってそう言うと、メモ帳にトーンの番号を控え始めた。番号で区別されるそれは高木には細かい違いがよくわからなかったが、番号とだいたいの柄の区別は付くようになってきた。記憶力の良い頭が役に立っている。番号を確認しながら、よく使うものを多めに枚数を記していく。真城は下書きの手を止めてトーンの見本帳をぺらぺらと捲っていた。あまり欲しいものはないのか、すぐに見本帳閉じて引き出しの中の画材をチェックしている。
「原稿用紙……が不安かな。5冊くらい足しときたい」
「オッケー。インクとかは?」
「とりあえず原稿用紙だけでいいや。メーカー間違えんなよ」
  高木がメモ用紙に記入して、またトーンの確認に戻る。枚数と種類が想像以上に嵩んで買う量が多くなりそうだった。普段は地元の画材店で調達をしているが、改めて画材店を思い浮かべてみると漫画用品コーナーはあまり大きくなかったかも知れないと高木は思った。もしかしたら足りないかもしれない。どうせなら大きい所で一気に買った方が面倒がなくて良いと考えた。
「なぁ、吉祥寺まで行って来ていい?」
「……何で吉祥寺?」
 前触れもなく突然高木の口から出た「吉祥寺」と言う地名に真城は眉をひそめた。店がないわけでもあるまいし、なぜわざわざ埼玉から吉祥寺まで行く必要があるのかと、その表情が雄弁に語っていた。
「吉祥寺のユザワヤって品揃えスゲーって聞いたから、一気に買うならデカい所の方がいいかなーって……だめ?」
「だめじゃないけど……」
 ユザワヤは地元にもあるじゃんか。と言う言葉を真城は飲み込んだ。それだけの理由でわざわざ1時間以上かけて行くものだろうかと腑に落ちないものを感じたが、買って来るのは高木なので何も言わないことにした。吉祥寺と言えば思い浮かぶ顔もいたが、それは関係ないだろうと頭の中からその顔を消した。
「あと、今なんとかフェア? とかで安いんだって言ってた」
「誰が?」
「エイジ」
 あながち関係がないわけでもなかったらしい。
 高木の口から新妻の名前が出ることは特に珍しくもないが、以前とは意味が違って来ていることは真城もわかっている。高木と新妻はたまに電話をするような友人関係をいつの間にか築いており、そこそこ良好な関係だった。以前まではライバル視と言う意味でその名前が良く出ていたが、今はそれに加え普通の友人関係のような名前の出し方をする。高木も大分打ち解けているのか、それなりに楽しそうに新妻のことを真城に話すのである。
 親友であり相方である高木のその些細な変化が、真城にはどうにも落ち着かない。その落ち着かなさがどう言う感情であるのか、真城にはわからなかったし考えようともしなかったが、一つわかる事と言えば少なくとも良い気分ではないと言うことだった。
 高木は番号を大方控え終えたのか、トーンをぺらぺらとめくって柄と番号を見比べている。明日の買い物が楽しみなのか機嫌が良いようだ。新妻の名を聞いてから妙に機嫌が降下した真城には気付かない。
「なーなー、51番と61番って同じじゃね? これ使い分ける意味がわかんねーんだけど、どっちかで良くね?」
「使い分けてんだよ」
「全然見分け付かねー」
「……いいから買って来い」
 真城の低く響いた声で、高木はやっと真城の機嫌が良くないことに気付いた。一体いつの間に悪くなったのか高木にはわからなかったが、小さく返事をする以外の言動を極力控えたのは、今までの真城との付き合いの中で学んだ真城専用処世術である。

  翌日いつも通りに授業を終えて学校を出ると、一度家に帰り着替えてから駅に向かった。制服のまま、あまりうろうろするなと言う面倒な校則が北高にはあるためだ。中学の時には制服のまま編集部にも行けたのに、と着替えながら高木は面倒に思った。谷草から吉祥寺までは1時間ちょっとである。乗り継ぎを繰り返し目的のユザワヤに着くと、画材売り場の6階まで上がる。そこは漫画家が多く住む街の画材屋に相応しい品揃えを誇っていた。
 一見しても安心できるほどの品揃えに満足の笑みを浮かべると、高木は早速トーンの物色を始めた。メモを取り出し昨夜チェックした番号のトーンの枚数を手に取っていく。種類も多ければ枚数も多い。かごを持つことにした。5枚、10枚、15枚と、かごの中に放り込んでいく。原稿用紙も忘れずに入れ、メモをチェックしながらさらにトーンを放り込んでいく。その姿はいかにも使いの者のようで、他人から見たらどこかの漫画家のアシスタントに見えたかも知れない。
 売り場を移動していると、高木と同じようにトーンを物色している者がいた。その姿に見覚えはあったが、あまりに見覚えがありすぎて高木はしばらくぽかんとしてしまった。黒の上下スウェットに羽ボウキを覗かせた、新妻エイジである。
「……新妻さん?」
 新妻は何枚かのトーンを片手に持ちながら、売り場のラックからさらに同じトーンを何枚も出していた。声を掛けられると行動だけは機敏に、しかしだるそうな顔で振り向く。その目が高木を認識するやいなや驚き、それはすぐに満面の笑みへと変わった。
「高木先生! 偶然です!」
「新妻さんもお買い物ですか」
  新妻は高木の側まで小走りで近寄ると、相変わらず妙なポーズで再会を喜んだ。新妻は相変わらずで、履物はサンダルと言ういつも通りの格好だ。近所であればこのくらいのラフさで外を歩くこともあるが、新妻に至ってはいつでもこれである。
 そう言えばマンションは吉祥寺だし、近くにこのユザワヤが見えた気がすると高木は思い出した。新妻のマンションには一度足を踏み入れた事があったが、それっきりだ。どちらも連載を抱える身であるし、会う用事もないのでそんなものだろう。
 立ち話を少ししていると、トーン売り場に制服の学生が何人も訪れ始めた。漫画家志望の学生なのか、もしくは他の目的なのかはわからなかったが、あまりこの場で先生と呼び合う会話はしない方が良いと高木は思った。
「新妻さん、とりあえず先にお会計済ませませんか」
「あっ、そうですね。混んで来ました」
 2人は足りない分のトーンを素早く手に取ると、学生の集団を避けるようにレジへ向かった。量が多く所持金が足りるか高木は少し不安だったが、多めに持って行ったため無事に足りた。代金を支払い領収書をもらって新妻を探す。新妻は少し離れたレジで領収書を書いてもらっていた。
「有限会社えいじで書いて下さい。えいじはひらがなです」
 妙なスウェット姿で領収書を求めるエイジの姿がアンバランスだった。会社にしたんだ、と高木がぼんやりと考えていると、領収書を貰ったエイジが高木の元へ小走りで寄って来た。あまり買ってはいない印象だったが、荷物はどちらも同じような量だった。
「高木先生、この後お暇です? せっかくお会い出来ましたし、もう少しお話したいです」
「ええと……じゃあ下にスタバがありましたから、お茶でも」
 2人は並んでユザワヤを出たが、平日夕方のカフェは学生の溜まり場である。あまりの混雑にしまったと高木が後悔していると、新妻が「僕のマンションでも良いです?」と切り出した。それならば混雑にも縁がないしと、遠慮がちながら高木は新妻の言葉に甘えることにした。

  新妻のマンションに足を踏み入れるのは本当に久しぶりだった。以前は連載作家と連載経験のない新人と言う間柄であったが、今はどちらも連載作家である。人気の面では同等とは言えないかも知れないが、誌面上の立場は一緒だった。
「お邪魔します」
 慣れない場所へ足を踏み入れるのは少し緊張する。部屋はしんと静まり返っており、そこには誰もいないことを示していた。週始めの漫画家の作業は大抵1人だけの作業だ。アシスタントが来るにはまだ早い。
 新妻に仕事場に通されると、アシスタントの席に適当に座って待っていて欲しいと新妻に言われ、高木はその通り従った。部屋を見渡すと、机の上はまだきれいにしている方だったが、そこかしこにトーンの切れ端や丸めた紙ごみなどが散乱していた。高木が座った机の上には『CROW』の単行本が何冊か積んであり、他にも色々な作品の単行本のタワーが天井に向かって伸びている。どこも同じなんだなぁと高木が思っていると、キッチンへと姿を消した新妻がお茶の注がれた透明の使い捨てコップを2つ持って来た。礼を言ってコップを受け取ると、一口飲んで一息を吐く。
「すみません、急にお邪魔してしまって」
「構わないです。今日はまだアシスタントさん来ないですし、高木先生とお話出来て嬉しいです」
 新妻は愛用の椅子に逆に座ると、ちびちびとお茶を啜った。その顔はニコニコとして笑みは絶えない。
「あっ、退院おめでとうございます。復帰待ってました」
「ありがとうございます。新妻さんにはお見舞いにも来て頂いて」
「亜城木先生はもう大丈夫です?」
「はい、おかげさまで。しばらくは僕も出来るだけ真城の様子に注意しながらやって行こうかと」
  高木はボイコットについては触れなかった。一度解決したことでもあるし、真城が直接説得したのを目の前で見ているので、口を出すことではないと思ったからだ。新妻も何も言わなかった。新妻と何度も電話をしていた高木だったが、新妻のボイコットは意外な行動だった。自分の作品掲載を犠牲にしてまで、自分たちに情を寄せてくれるとは思わなかったからだ。お互いライバルだと思っている、そして今は友人と呼べるかも知れない。それでもやはり新妻がそこまでするのは思いも寄らなかった。福田達の口添えもあったかもしれないが、新妻が作品より自分達への情を優先したのが高木には意外だった。しかしそれもすぎた事だ。2人は電話と同じように取り留めのない話をしていた。
「いつも画材買うのはここなんです?」
「いつもは地元で買うんですが、新妻さんに今安いって言われたの思い出して、今日は少し足を延ばしたんです」
「おお、じゃあ僕が言ったからお会い出来たですね」
 きらきらと目を輝かせるエイジに、高木はそんなに嬉しいもんかな、と思った。新妻の考えていることはよくわからないが、何度か話すうちに素直な性格だと言うことはよくわかった。それに高木は好感を持ったのだ。
 一方エイジは高木に、同じ漫画家としての尊敬や友人としての親愛、そしてもちろん高木には言っていないが友人以上の感情を持っており、今はそれを自覚し受け入れている。とは言え滅多に会えない間柄であるので高望みはしていない。だから俗な言い方をすれば、マンションに高木を引っ張り込んだのは良いものの、特に何をする気もなかったし、そんなことは思い付きもしなかった。直接話が出来るだけで十分なのである。この欲の無さに福田と中井は打ちのめされた。
「最初は東京って人が多くて出かけたくなかったんですケド、少しずつ慣れてきて」
「新妻さんは青森でしたっけ」
「はい、すごく田舎です。実家にいる時は画材も売ってるところ無くて、通販してたりしてました。でも東京来てお店で買うようになって、でもお店で買う方が楽しいです」
  故郷がいかに田舎であるか、とコミカルに話す新妻を見ながら、高木は新妻の人間性に改めて好意を持った。その言動から馬鹿にされているのかと疑った過去の自分は、全く新妻と言う人間を見ていなかったと感じた。作品と僅かな作者コメントのみで人間性を全て計ることなど出来ないが、それを差し引いてもあまりにも高木は新妻を敵視し過ぎた。しかし今は等身大の新妻を知ることが出来て良かったと思っている。
「新妻さんて、最初はもっと嫌味な人かと思ってました」
「ガーン! 僕嫌味です!?」
 笑いながら、いや全然そんな事ないですよ、と前置きしてから高木は話し始めた。
「手塚賞の準入選だったかな、獲った時に『みんながゲームしてる時に我慢して頑張って描いた』みたいなコメント出してたじゃないですか。アレに真城がムカついたらしくて」
「亜城木先生がですか!? 何でです!?」
「実際漫画描き始めるまで、真城ってゲームばっかりしてたらしいんですよ。それで自分のこと言われたみたいに感じたんだと思います。歳も近いし、僕も真城につられちゃったんですけど」
 3年程度の過去の出来事を、高木は懐かしそうに話した。新妻も高木もあの頃とは立場も境遇も違うし、こんな出会いが待っていることなど思いもしなかった。
「僕嫌味じゃない、つもり、ですケド……」
「すみません、わかってますよ。今は新妻さんはいい人だと思ってます」
  おそるおそる窺うような新妻を宥めるように高木は笑った。素直な反応が好ましく思え、その好意的な感情が表に出たのか、その時の高木の笑顔は作られていないとても自然な笑顔だった。常にある程度愛想を装う高木は、新妻の前でもその癖が抜けていなかったのである。元々直接顔を合わせる事など滅多にない間柄だ。互いにとっては会う度に新しい表情を見ているようなものだが、新妻にとって高木の表情は胸を突くものだった。その笑顔を見た新妻は2、3度瞬きをすると、じっと高木を見た。穴が開くほどじっと見て、おお、と感嘆の声を漏らした。当の高木はその反応の意味がよくわからずに、眉をひそめる事しか出来ない。
「? 新妻さん?」
「高木先生のその笑顔、初めて見ました。ベリーキュートです!」
「はい?」
  いまいち状況を把握しきれない高木をよそに、新妻のテンションは上がっていった。思考より感情で身体が動き、触れたいと思った。椅子から離れると高木に近付き、比喩ではなく顔を覗き込む。顔が近い、と高木が思った瞬間、高木の目の前に影が落ちた。と同時に何かが頬に触れる感触がした。それは影ではなく新妻が身を屈めて顔を寄せたためであり、触れたものは唇であり、そしてそれはすぐには終わらずに頬から唇へと移動した。呆気に取られる高木に、愛しいと言わんばかりに新妻はちゅ、ちゅ、と何度も唇を押し付ける。高木の手に持ったコップが落ちて、フローリングにお茶の水溜りを作った。使い捨てのコップだったおかげで被害は最小限で済んだのは幸いだった。
 気が済んだのか新妻が唇を離すと、何度も押し付けられたためか高木の唇はほんのりと赤くなっていた。その様相に興奮した新妻がまた唇を寄せようとすると、我に返った高木が新妻を押しのける。
「な、な、ちょ、なに、なんっ、え? えぇ!?」
  言語能力は戻っていなかったようだったが、キャスターを思いっきり転がして新妻から距離を取った。新妻は心底残念そうに指をくわえてそれを見ていた。近付こうとすると椅子ごと後退りされるので、諦めて自分の椅子にまた逆に座る。高木は混乱はしているものの、された事に自覚はあるのか唇に指を添えたり離したりしている。顔色は赤くなったり青くなったりで一貫性がない。言葉にならない言葉を何度も喚くばかりでまるで落ち着きがなかった。事実を見るならば高木の混乱は当然のものであったが、新妻は行動こそ後悔はしていないものの、高木の混乱を見て少し反省をした。あまりにも高木が混乱しているからだ。混乱する人間を見ると逆に冷静になるものである。
「高木先生、ごめんなさい。可愛かったのでちゅーしちゃいました」
「なんっ、かわ、かっ……」
「僕、高木先生が大好きです。でも高木先生が嫌ならもうしません。ごめんなさい」
  椅子の背の天辺に額をぶつけながらペコリと頭を下げる新妻を見ると、高木は何も言えなくなってしまった。やはり行動の読めないエイジは奇人なのだろうかと言う、的の外れた考えが頭を駆け巡った。徐々に混乱からは回復していたが、それは身体のみのことであって頭の中はまだ混乱している。頭を上げずに何も言わない新妻と高木の間にはしばらく沈黙が流れた。それに耐え切れなくなったのか、よくわからない理由を並べながらも律儀に「お邪魔しました」と言うと、高木は逃げるように新妻のマンションを出て行ってしまった。
 残された新妻はそれを見届けると、椅子に座り直してトレス台の上に寝そべった。しばらく唸り声を上げていたが、今日はアシスタントもおらず雄二郎も来ないので、飽きるまで唸り声を上げていた。新妻なりの後悔がそこにはあったらしい。
 高木は新妻のマンションを出てから、気が付くといつの間にか自宅に着いていた。帰宅途中のことを全く覚えておらず、とにかく電車に乗って帰って来たことは確かではあったが頭が付いて来なかったのだった。あまり考えないようにしようとその日は早めに寝た。

 翌日、起きると高木の携帯には1通のメールが届いていた。新妻である。新妻からのメールは初めてだったが、新妻はそもそもメール機能はほとんど使わない人間である。そのことを思い出して高木は何とも言えない気分になってしまった。おそるおそるメールフォルダを開く。新妻からのメールはとても簡素なものだった。

件名には『ごめんなさい』
本文には『嫌いにならないで下さい』と記されていた。

 そのストレートかつ健気な文章は、高木の心をざわめかせるには十分だった。一つ深呼吸をして気持ちを落ち着かせると、慣れた手つきでメールを打った。実際に目の前にいたら言葉に詰まるかも知れないが、顔を合わせずに言葉を飛ばせるメール文化に高木は心底感謝した。
 返したメールは、新妻と同じく簡素なものだった。『嫌いになりませんよ』と一言だけ打って返した。普段の高木であれば『気にしてませんよ』などと打ってお茶を濁したかも知れない。しかし新妻にはそんな誤魔化しをする気が起きなかった。と言うよりは相手の真っ直ぐさに感化されたと言うべきか。メールを送信すると大きな溜息をついて再び布団に寝転がった。あまり学校に行く気がしない。画材を届けなければならないので、どちらにしても夕方には出掛けるのだが、それまで何も考えずに寝ていたかった。
しばらく考えた後、高木は自主休校を決め込んだ。真城と見吉からのメールは適当に返し、夕方まで惰眠を貪った。何も考えずに眠るつもりでも頭の中で考えることは一つで、しばらく高木はそれに苛まれ続けたのだった。



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吉祥寺のユザワヤに行った事がないので、間違ってる所いっぱいあるかも知れんです。



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