真城+新妻×高木

「可愛いです」
「うん、可愛い」
 そう広く はない和室には布団が二組敷いてあった。そのうち使われているのは一組で、その布団には気持ちの良さそうな顔で、すやすやと寝ている高木がいる。和室は新 妻の仕事場の寝室で、いつもはアシスタントの仮眠場所として使われている。真城も一度使用したことがあるため、見慣れたものだ。
 その眠っている高木の両隣に位置するのが、この部屋の主の新妻、そして高木の相方である真城である。二人は眠る高木の顔を飽きずに眺めているのである。
「ん〜……」
「あ、寝言です。可愛いです」
「うん可愛いけど、新妻さんちょっと近付きすぎだから」
  身を乗り出して高木の顔を覗き込む新妻を、真城が牽制する。新妻の頭をぐいっと押し退けて、高木から離した。新妻の切り揃えられた前髪がくしゃりと乱れ る。不満げな顔をする新妻をよそに、真城が高木の髪をさらりと撫でた。眼鏡を外して眠る高木の瞼が、少し震える。起こしてしまったかと危惧して手を離した が、眠りの姿勢が崩されることはなかった。ほっとした。
 それを見て、新妻も高木に触れる。頬をさらりと撫でて、唇をなぞる。高木の吐息が指にかかって、新妻は「おお」と微かに頬を赤らめた。
「ちょっと新妻さん、やめてくんない?」
「僕も高木先生にさわりたいです」
「だめ」
「何でですか!」
「イラッとするから」
「亜城木先生はいつも一緒にいるじゃないですか、僕はハンデ付きです!」
「新妻さんはいつもシュ……高木に電話してるだろ。十分だよ」
 両隣の言い争いが加熱し始めた。眠る高木を中央に挟んだその光景は、ややシュールでさえある。最初は高木を起こさぬように小声で話していた二人も、言い合いを続けるにつれ声が大きくなってきた。
「………………う……っさい!!」
 その言い合いを真正面から受け止めるはめになっていた高木が、その声に目を覚まし上体を起こした。二人はしまった、と言う顔をして顔を見合わせたが、何か アクションを起こす前に鈍痛を味わうこととなった。高木が、真城と新妻の頭を鷲掴みにし、両者の頭同士をぶつけたからだ。
 ゴチッと小気味のいい 音をさせると、高木はまたもぞもぞと布団の中へ戻り寝息を立て始めた。今度は睡眠を邪魔するものはない。一方小気味のいい音をさせられたアホ毛付の頭と、 ぱっつん前髪の頭は、寝ぼけて加減もしない力で衝撃を与えられ、しばらくその痛みに悶えていたという。



吉田氏と平丸先生

 社に戻る途中に携帯が鳴った。高く刺さるような音は無個性だが、それゆえに着信音だとすぐに気付くことが出来る。吉田はジーンズのポケットから携帯を取り出すと、発信者の名前も確かめずに電話に出た。
「はい、吉田」
「吉田氏! もう描けません!」
 またか、とげんなりした。わざわざ名を確認せずとも、その声はここ数週間で耳にこびり付いてしまった。吉田の担当する作家の平丸は、何かあるたびにこうし て電話をかけてくる。その内容は愚痴と泣き言と、今のようなギブアップの言葉だ。そんな電話を受け取るたびに吉田は何度も宥め、漫画を描くよう諭してい る。
「大丈夫だ、平丸くんなら出来るといつも言っているだろ」
「吉田氏はそうやっていつも俺を無理に持ち上げる! 僕はそんな出来た人間じゃない、そもそも週休二日の会社でさえ苦痛だったのに週間連載なんてもっと」
 ここからが長いのだった。吉田は電話口から耳を少し離すと、向こうに気付かれないようため息を吐いた。今日はどれだけ吐けば気が済むだろうか、そんなこと をぼんやりと考える。平丸は呼吸をするように愚痴、泣き言、諸々を吐く。なのでまともに聞いていても仕方ない。愚痴を吐いてる暇があったら手を動かせばい いのに、とは言わないようにしている。おそらくこの一見非生産的に見える吐露も、何らかの効果があると思うからだ。
 愚痴を聞く振りをしながら歩道を歩いていると、小さな公園が見えた。近辺に設置してある自動販売機に歩み寄ると、缶コーヒーを一本買う。真昼の公園は閑散としていた。昼間の主な利用 者である主婦は、今頃昼食の支度でもしているのだろうか。吉田はそのまま公園に入ると、ベンチに腰掛けた。プルタブを開け、コーヒーを一口飲む。慣れた味 にほっと一息を吐いて、電話口から未だ漏れ続ける愚痴に少し耳を傾けた。
 とは言っても毎度毎度屁理屈を並べ立てられ、口から出るのはそれなりの 言葉ではあっても、結局平丸が言いたいことは一つなのだった。その言いたいこと一つに、毎回違った装飾が上乗せされている。よくまあこうも毎回愚痴が出る もんだ、と逆に感心してしまう。面倒な性格だ。その性格から生み出されたものがあの作品であるから、吉田は平丸の性格を忌み嫌ったりはしない。むしろ上手 く付き合っていきたいと考えている。
  ぼんやりとコーヒーを飲んでいると、電話口からの漏れる声のボリュームが小さくなっていることに気付いた。愚痴を吐くことに疲れたのかと、吉田は耳を傾ける。
「平丸くん、すっきりしたか?」
「……吉田氏はいつも僕の話を真剣に聞かない」
「そんなことはないよ」
 あ、バレてるか、案外バカじゃないんだよなぁ。と吉田は思った。
「で、原稿終わりそうか?」
「…………」
「平丸くんだから心配してないけど」
 嘘だ。実績のある真面目な作家ならまだしも、新人相手にそんなことは思わない。平丸は根が真面目だ。根が真面目だから「描けない」などとわざわざ言ってく る。真面目でなければ、とっくに黙って逃亡している。その真面目さを吉田は緩く刺激する。君なら出来ると煽て、信用していると囁く。結果真面目な平丸はプ レッシャーに苛まれながらも、毎週毎週無事に原稿を仕上げるのだ。真面目さは武器だ。稀にそれが毒になるとしても、それ以上の薬になる。
「原稿は金曜の夜。少しくらいなら待つから。大丈夫だろ?」
「…………はい」
 今週もハードルを越えた、と心の中でガッツポーズを取った。その後平丸から浴びせられた愚痴の50分の1程度の言葉で賛辞の言葉を贈り、電話を切った。通 話時間を見ると1時間を過ぎていた。その間平丸の愚痴が9割以上だったので、本当に愚痴になると良く喋ると今更ながら吉田は思い知る。
 来週もお そらく同じように愚痴の嵐が待っているのだろうが、とりあえず今の調子で宥めていけば大丈夫だろうと吉田は楽観して、缶コーヒーを飲みきった。少し離れた 場所にあるゴミ箱目掛けて缶を投げると、縁にも当たらずスポッとちょうどよく缶が入る。吉田は幸先の良さを感じ、公園を出た。予定時間を過ぎたものの、厄 介ごとを1件片付けられたことに気を良くし、意気揚々と社に戻ることにした。
 その後電話だけでは留まらずに、直接平丸を宥めに行かねばならないほどになる事を、吉田はまだ知らない。




モンハンパロ

「キノコ採りに3人もいらないと思う……」
「でもドスランポス出るかも知れないだろ」
 今回から集会所で依頼を受けることにした真城は、とりあえず楽そうな依頼から始めてみることにした。それがキノコを採ると言うだけの依頼であったが、誰も同行者が集まらなければ1人で行こうと思っていた真城の予想に反し、2人も集まってしまった。
 面子は真城に常にくっついている高木と、ここの集会所で会った新妻である。高木はむしろ予想の範疇だった。特に意外性はない。なぜなら高木は真城の行くところ行くところをいちいち付いて回るからだ。
 意外だったのは新妻である。新妻はちょっと名が知られたハンターで、驚異で知られる竜種から剥ぎ取った素材をベースとした防具にいつも身を包んでいるせいか、その出で立ちは竜のようだ。真城も高木も直接話したことはなかったが、本人の個性もなかなかのようである。その装備を見るに既にそこそこの獲物を狩っている。 真城にはまだ荷が重い狩りを数多くこなしているようだ。その新妻が、わざわざこんな下位の依頼に顔を出すとはどう言うことだろうか。
「新妻さん、こんな下位の依頼やっても面白くないんじゃ?」
「そんなことないです。僕、討伐と狩猟ばっかりやってたですケド、ここで採取系ひとつもやってなかったです」
「はぁ」
 だからノルマを潰しに来たと言う主張を、新妻はテンション高く説明した。依頼を受けようか考えていたところ、今まさにその依頼を受けたばかりの真城たちに 声をかけ、どうせならと同行を提案したと言うわけだ。何となく面白くないものを感じた真城だったが、ここで腹に何かためても良いことはない。とりあえず真城と高木は新妻に自己紹介をすると、さっさと依頼をこなしてしまおうと目的地へ向かった。

 蒸し暑い密林で、3人はちまちまとキノコを採っていた。途中中型の鳥竜種が3人を襲ったが、新妻がさっさと狩ってしまい真城と高木の武器はほとんど使われずに済んでしまった。今や鳥竜種は死体と化し、密林の蒸した地面にだらりと横たわっている。その手馴れた動きに真城はむしろ悔しさを覚え闘争心を燃やしたが、高木は目の前で行われた手際の良すぎる 狩りっぷりに素直に感嘆していた。たまに寄ってくる大きい虫を駆除しながら、しきりに「新妻さんスゲー」と呟いている。
 高木のその態度も真城のカンにさわった。普段鬱陶しいまでに後を付いてくる高木は、上下関係などはないが真城の腰巾着のようだった。勿論高木も高木なりに狩りは経験しているの で、荷物と言うわけではない。むしろ頼りになる方だ。それは狩りの面でもサポートの面でもである。しかし常に自分に向けられていた目が、新妻に向かうのは気に入らない。自分のものを取られたような錯覚を覚え、真城はさらに新妻に闘争心を燃やした。しかし一時的とは言っても仲間ではある。ぐっと堪えた。
 自分でもよくわからないイライラを解消するかのように、目の前の絶壁の亀裂に向かってピッケルをガッツガッツと打ち付ける。鉱石を採取するためではなく、ただの鬱憤晴らしである。その鬱憤を感じ取ってかピッケルはあっさりと壊れてしまった。ただの鉄の塊と化したピッケルに真城が舌打ちをした頃、後ろで獣の小さめな断末魔が聞こえた。振り向くと新妻が草食獣を狩り終わったところだった。側には突っ立ったままの高木がいる。
「新妻さん、そいつ無害だからわざわざ狩らなくても」
「こいつからもキノコが採れるです」
「え、そうなんですか?」
 新妻はそう言うと、とどめを刺したばかりの草食獣から剥ぎ取る作業を始めた。しかし目的のものは見当たらなかったようで、「むー」などと言いながら渋々生 肉を剥ぎ取った。肉は狩りの場の食料になる。新妻はその肉をじっと見ていたかと思うと、「おなか減りました」と一言呟いておもむろに肉焼きセットを組み立 てて肉を焼き始めた。そのあまりに縛られない行動に高木も真城もあっけに取られてしまう。
 機嫌良く鼻歌を歌いながら肉を焼く新妻が攻撃されないよう、真城と高木は一応周囲を警戒しておくことにした。とは言ってもあらかた新妻が狩ってしまったので、無害な草食獣くらいしかいないのだが。やがて肉の焼ける香ばしい匂いがあたりに立ち込めた。特に腹が減っているわけではない2人も、その匂いに食欲が刺激され、分泌される唾液も増す。やはり肉は焼き立て が一番美味いのである。美味い焼き加減の肉を食べるためには焼き方にコツがいる。肉焼きセットのハンドルをぐるぐると回し、肉を回転させながら満遍なく肉 に火を通すだけの単純な作業だが、単純なだけに実は難しい。火を通す時間が足りないと生焼けになるし、足りすぎても焦げてしまう。新妻はじっと肉を見てそ の頃合を見ていた。その視線は真剣そのものだったが、高木が何かに気付いたように小さなリアクションで新妻に何かを伝えたがっている。困ったような高木 と、肉を焼く新妻を交互に見て、真城も大方の予想は付いた。
「上手に焼けたです!」
 焦げていた。
 誇らしげに掲げた肉は、焦げ 肉と言うには可愛らしいほどのものだった。むしろ炭である。その焦げ姿を確認した新妻は、またしても「むー」などと言いながらその焦げ肉を構わず食べてしまった。2人があっと思った頃にはもう遅く、案の定新妻は口を押さえて盛大に咳き込んでしまった。あれだけ焦げた肉、いや、炭である。苦いどころの話では なく、それは当然人間の口には合わない。炭肉のダメージにぐにゃりと伸びる新妻を、2人が哀悼の目で見ていた。
「おなか減ったです……」
「僕ら、肉も肉焼きセットも持ってないから……携帯食料ももうない」
「魚釣りましょうか? マグロがいれば少しは」
「だったらミミズ取って来ないと。この辺のミミズは取り尽くしたからあとは……」
 どうせすぐ帰るつもりだったため、最低限のものしか2人は持って来なかった。必要があれば現地調達がハンターの心得ではあるが、目の前の新妻は空腹のあまり動くのも億劫であるらしい。先程の炭肉のショックも未だに残っている。どうしたものかと高木が考えていると、目の前に大型の草食獣が何頭か見えた。確認 できるだけでも3頭。高木は横にいる真城に「手伝ってくれ」と言うと、手元の弓の弦を引いて矢を飛ばした。何本かの矢で草食獣を1頭狩ると、その間に真城が2頭狩っていた。高木の側に戻った真城の手には生肉が4つ、高木の言わんとしたことを理解しているようだった。高木の手には生肉が1つ。計5つである。
 高木はこれで十分だろうと思い、伸びている新妻の元へ向かうと一言断ってから新妻の肉焼きセットを借りた。先程狩ったばかりの新鮮な生肉を焼く高木に、新妻が少し気力を取り戻したように高木の手元と肉を交互に見ている。
「新妻さん、いつもは上手に焼けてるんですか?」
「だいたい生焼けか焦がすです……。討伐の時は家から肉持って行くですケド」
「ああ、焼いてくれたやつですね」
 つまり自分で焼く分には成功したためしがないんだな、と高木と真城は思った。高木は新妻と雑談を続けながら慣れた手付きで肉に火を通し、焼き加減を見てい る。やがて小さく「よしっ」と高木が呟くと、火から肉を離した。そこには見事にこんがりと香ばしく焼けた肉が出来上がっていた。
「おお!」
「はい新妻さん、どうぞ」
「食べて良いです!?」
「僕はおなか減ってませんから」
 空腹に伸びていた新妻は、その香ばしい匂いに誘われるように高木の持つ肉にかぶり付いた。その味は表面はパリパリとして、しかし中は程よく焼けて、かぶり 付けばじんわりと肉汁が溢れる、まさに理想通りの味であった。肉の味に感動している新妻をよそに、高木は「サイコーは?」と真城に空腹を尋ねた。真城も特 に腹は減っていなかったが、高木の焼く肉は好きなので1つリクエストをして焼き上がるのを待つ。真城の肉が焼き上がった頃、新妻が肉を食べ終えた。新妻が 高木によこす視線があからさまに期待に満ちた目だったので、高木はもう1つの肉を取り出して「食べますか?」と聞いてみた。もちろん返事はイエスである。
  2個目の肉は真城が、3個目、4個目、5個目は新妻が食べた。結局狩った分の肉は全部消費したことになる。高木は1個たりとも失敗はしなかったが、それが新妻にとっては大変なことだったらしい。
「すごいです! 何で失敗しないです?」
 むしろ何度もやっていてなぜ慣れないのかと高木は言いたかったが、人間関係に亀裂を入れることもないので適当に笑っていた。新妻はいかに高木の焼いた肉が美味かったかと言うことを身振り手振りで話し、その感動を存分に伝えた。空腹に伸びている新妻を気の毒に思ってしたことだったが、そこまで喜んで貰えるな らと、高木はまた一緒に狩りをするときがあれば今度も焼くと言って、その依頼は終わりとなった。
 依頼品のキノコは無事納品し3人は帰ることになったが、新妻はすっかり高木を気に入ったのか、帰路につく際にも高木の側を離れずにべったりだった。高木にはその気はなくとも、まさに新妻の胃袋を掴んだのであった。

 後日、高木の家に新妻からの大きめの荷物が届いた。そこには先日の礼だと言う手紙と共に、今の高木では到底狩ることのできない竜種から剥ぎ取れる素材が、 たんまりと入っていたのだ。日頃から重要なことから些細なことまで何でも真城に話す高木は、例に漏れず新妻からの贈り物のことを真城に話した。またしても 高木はそんな気はなかったが、それによって真城の心には業火のようなライバル心と、自覚のない独占欲が燃え上がったのだった。

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