見なかったことに

 アシスタントが皆帰って、いつもだいたい泊まる高浜さんも自分の作品制作のために一度帰ると言うので、仕事場はシュージンと僕の2人だけになった。連載を始めてから2人きりになる機会というのは実はあまりない。学校でも仕事場でも、僕ら以外の誰かしらは常に一緒にいるからだ。それは見吉だったり、アシスタントだったり、港浦さんだったりする。もちろん皆が帰れば2人だけにはなるけど、その時にはもう夜が遅かったり疲れていたりで、改めて接しようとする気力がお互いにない。
 今日も仕事が一区切りした、と溜息を吐きながらシュージンを見ると、シュージンは何か言いたそうな顔をしていた。多分僕も同じような顔をしていると思う。何か言いたくなっても口に出すのが面倒な場面は時としてある。そして今がまさにその場面だった。黙って席を立ってシュージンが座っているソファまで足を進めると、身を屈ませて顔を近づけた。シュージンの目は既に少し潤んでいた。気が早いやつ。シュージンがヘッドフォンを外すのと、僕がシュージンをソファに沈めるのは同時だった。

「ん、んっ、あ……!」
 赤いジャージを中途半端に脱がせてコトに及んでいると、周囲に散りばめられたその赤さが一層厭らしさを感じさせた。日に焼けない肌と人工的な赤が妙に扇情的に見せる。ぐっと突き入れると下から甘い声が漏れた。2人掛けとは言え決して広いとは言えないソファの上で上下に律動を繰り返す。僕の下にいるシュージンは前面がすっかり暴かれた状態だったが、それが全く見えないのは必死に僕にしがみ付いているせいだ。思いっきり僕を引き寄せて抱き付いているから、声や吐息がダイレクトに耳に届く。顔は毎日見ていても、触れるのは何ヶ月ぶりかのことだ。僕が入院していたり、他にも色々あったことも原因としてあるけど、シュージンはその間も身体を持て余していたりしたのだろうか。……今のオッサンくさい考えかな。
「あっ、あぁっ……! サイ、あ、あっ!」
  シュージンのそこを突き上げると、甲高い声が漏れた。同時にぐちゅ、と濡れた音が響く。少し動きを止めて手探りで結合部分を指でなぞると、濡れたそこは熱を持っていてどくどくと脈打っていた。その仕草にじれったさを感じたのかシュージンが腰を揺らして催促してくる。
  今に始まったことじゃないけど、エッチになるとシュージンは結構エロい。コトの最中たまに疲れてたりして、動くのが面倒になって動作を止めたことが実は過去に何度かあった。するとだいたいシュージンが勝手に動いてそのままイく。その時の腰の動きは今思い出してもエロかった。終わった後に何も言わないので、無意識で動いてるのかも知れないけど。無意識だったらもっとエロいな。
 そんな事をぼんやり考えながら動きを再開させた。手を滑らせて起立するそれに触れるとそれはドロドロだった。先端を指で掠めるとドロドロの原因が指を伝う。溢れる先走りを拭っても、次から次へと新しく溢れてくる。僕がそれを拭う度にシュージンの後孔が切なくきゅう、と締まった。
「シュージン、締めすぎ……、く、う」
「それっ……あ、中途、半端にさわっ……あ、あ」
「マトモにさわ、るとすぐ出す、くせに」
「や、あ、あぁっ、ん、あっ!」
 耳元で喘がれているおかげで、僕の方こそすぐ出そうだった。でもそんなこと言えないし言いたくないので、誤魔化すようにシュージンの濡れた性器を扱き始める。シュージンから甲高い喘ぎ声と、微かな批難の声が上がった。抽挿の動きとゆるゆると上下に動かすその快感に、シュージンのそこはきゅうきゅうと断続的に締まった。耐え切れないように内腿が震えているのが可愛い。僕にしがみ付いている手もぶるぶる震えているようだった。その手と抽挿の速度を少し緩めて濡れた唇に自分のそれを押し付ける。唇も少し震えているようだった。そのまま深く口付けて舌を何度も絡ませ、唇を離すと、満足そうな吐息がシュージンの口から漏れた。しかしそれも束の間、ゆるゆるとした抽挿を一気に追い上げるものに変えて前立腺を突くように動くと、びくびくと身体を震わせて全身で快楽を訴え始めた。
「も、も……だめ、あっ! あ、あぁっ、イく、イッ……あっ!」
 下半身から漏れるぐちゅぐちゅと言う水音と、耳元で響くシュージンの喘ぎ声と吐息に煽られ、さらにキツく絡みつく後孔に追い上げられて僕の方が限界だった。シュージンの足をさらに大きく広げると、フィニッシュに向けて激しく抽挿を繰り返す。ギシギシとソファが軋む音が聞こえる。シュージンの性器を扱き上げながら内壁を擦りあげて、抜き差しを繰り返していくうちにやがて限界が訪れた。ゴム越しではあるけど、ぶるりと震えて奥の奥で射精をする。
「……っく!」
「や、イくっ……イ、あ、あ――!」
 僕の手に熱い飛沫がかかり、後を追うようにシュージンが達したことを知らせた。精液を出し尽くすように何度か奥を突いた後、上に乗ったままぐったりと脱力して汗ばんだ肌に身を沈めた。僕の身体を支えるようにシュージンが背に腕を回す。まだ中に挿入ったままだけど、そんなことを気にしないまましばらく2人で息を整えながらまったりと時間を過ごした。
「……サイコー、もう1回……?」
「何で……」
「いや……抜かないから……まだしたいのかなって思っ」
「すみません、忘れものしちゃって」
 突然開いたドアと同時に発せられた声に、心臓が死にそうなほど跳ねた。咄嗟にシュージンから性器を引き抜いて、ゴムが付いたままだったけど急いでジーンズを引き上げる。抜いた瞬間に口を押さえて声が出ないようにしたのは、シュージンにしては気が利いてる方だと思った。すぐに身を起こした僕と同じようにシュージンも起きようとしたが、必要な部分しか出していない僕と違ってさすがにその姿にフォローは出来ないので、黙ってソファに押し付けたままにした。
 声の主は高浜さんだ。僕はなるべく平静さを装いながら、シュージンがいるソファを隠すように「どうしたんですか」なんて言いながら白々しく高浜さんに近付いた。さりげなくシュージンの精液で濡れた手をパーカーのポケットに入れ、中で精液を拭った。パーカーが汚れるとか濡れるとか匂いがどうとか、この際気にしている余裕はない。ゴムをしたままの下半身が嫌な感触を生み出した。自分で出した精液の感触も、お世辞にも気持ち良いとは言えない。先端部分に溜まった精液が微妙な重量を主張してくる。しかし今はそんなことを言ってる場合じゃない。
「携帯置き忘れたみたいで、すいませんお邪魔し」
「あ、ああ! 携帯ですね! 取って来ますよちょっと待って!」
 今高浜さんにいつもの席に来られたら確実にバレる。席の真後ろには服が乱れてドロドロになったシュージンがいるのだ。僕と違って一目でそれとわかる上に、シュージンは所謂、下、なので見られると妙な誤解が生まれる。誤解も何も事実だけど、とにかくそれを見られることは絶対に避けなければいけない。
 高浜さんのいつもの席まで来ると、確かに置きっぱなしの携帯が見つかった。右手は精液で濡れているので左手でそれをさっさと手に取ると、すぐに高浜さんの元に戻る。変な動きを見せると変に思われる危険性があるからソファーを見ないようにと思っていたけど、視界の端に入ったシュージンの姿が妙にエロくて困った。拭う暇がなかったおかげで腹に飛び散った精液はそのままだったし、口を両手で押さえて不安そうにしている姿にぞわぞわした。イジメたい……いや、違、今はそれ所じゃない。高浜さんの携帯を手に必死に自分に言い聞かせた。
 内心高浜さんにいつ何を言われるかビクビクしていたが、高浜さんは空気を読んだのか入り口から先には入って来なかった。無事に携帯を手渡すと、高浜さんは礼を言って部屋を出て行った。助かった……。不安なので念のため玄関まで見送る。普段の僕ならそんなことしないからこの念を入れた行動がかえって怪しいのだけど、やはりどこか混乱していたのかそれに僕が気付くことはなかった。
「真城さん、すみません聞こえちゃったんですけど」
 靴を履いてあとは玄関を出るだけだった高浜さんが突然心臓に悪いことを言い出した。聞こえたって何が、何を聞いたって言うんだ。心臓がドクドクと嫌な鼓動を鳴らし始めた。……ここでうろたえてはだめだ。表面だけは冷静に、何もないように装わなければいけない。
「え、な、何を、ですか」
 しかし口から出た言葉はどう聞いてもどもっていた。全然冷静じゃない。もうこれ以上高浜さんの口から心臓に悪い言葉が出ないことを祈ったが、願いは届かず高浜さんはさらに続けた。背中に嫌な汗がだらだら流れる。
「入って来た時に聞こえてきちゃったんで、どうしようかと思ったんですけど……でも携帯ないと困るんで、すみません」
「だ、だから何を……」
「AV見てたでしょ?」
「…………え?」
 一瞬言葉が理解できずに、口を開けたままぽかんとしてしまった。高浜さんはさらに小声で続ける。
「真城さんもやっぱりそう言うの見ますよね。男ですしね」
「え、あ」
「大丈夫ですよ、内緒にしときますから。じゃあ僕帰ります」
  高浜さんは会釈をして玄関から出て行った。鉄製のドアがガシャンと閉まった後もしばらく呆然としていたが、我に返ると玄関の鍵を閉めて仕事部屋に戻った。とりあえずバレることはなかったらしい。……本当にバレていなかったのだろうか。シュージンの声が女の人の声に聞こえたなんてこと有り得るのだろうか。確かに地声は僕より高めだし案外最中の声は甲高い方だから、ハスキーな女の人と思えば聞こえなくもないのだろうか。いつも聞いてる声を間違うなんてことあるのだろうか。むしろ知ってて言ったのではないのだろうか。あれは高浜さんなりの気遣いではないだろうか。いや、でも疑い始めたらきりがない。バレなかったんだ。きっとバレなかったんだ。そう思っておくことにしよう。バレなくて良かった。バレなくて良かったんだ。……うん、本当に良かった……。半ば無理矢理自分を納得させた。納得させざるを得なかったとも言えるけれど……。
「……だ、大丈夫だったか?」
「ああ……」
 先にゴムをしたままで気持ち悪い感触のままの性器を取り出して、ゴムを外した。開放感には包まれてもあまり気分が良くないのは、さっきまでのことを思い出すと無理もないと思う。ティッシュに包んでゴミ箱に捨てるとさっさと性器をしまった。シュージンもいつの間にか服を整えたのか、さっきまでの乱れた姿はどこにもない。僕もシュージンも今は情事の欠片もうかがわせない姿だ。さすがにこの状況でもう1回なんて言えるはずもなく、どちらともなく帰ろうと言い出し帰路に付いた。
 ……高浜さんはAVだと思っていたようだけど、あの部屋にはテレビはあってもそう言う類いの機器が何もないことに気付いたらどう思うだろう。高浜さんが気付いていないのが救いだが、今後それに気付かれたときはどうしよう。家から何か持って来るしか……いや、今日持ち帰ったことにすればいいだけの話だし……。明日は高浜さんと顔が合わせ辛いなぁ……。シュージンもそうだと思うけど、せめて喘ぎ声が聞かれたことについては黙っていることにした。



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高木って喘ぎ声うるさそう。



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