ジンクス

 福田と中井の金未来杯エントリーに伴い、2人を連載させる方向に考えて新妻のアシスタントをイチから探さなくてはいけなくなってしまった。雄二郎は以前からちまちまと投稿原稿に目を通しては、なるべく若くて絵の上手い人間を探していた。
 しかしなかなか見付かるようで見付からない。お、と思う絵を描く人材を見付けても年齢的に不安があったり、もしくはアシスタント自体を拒否されたりもする。人材探しは難航していた。ダメ元、と言う言葉もある。雄二郎は自らのアシスタント探しと並行して、ジャンプ誌上で新妻のアシスタントを募ることにした。アシスタントに関しては「任せます」の一言以外何も言わない新妻は、これについても勿論二つ返事で了解した。
 「いい人材がいればいいなぁ」程度の期待であった誌上募集は、驚くほどの効果をもたらした。応募が殺到したのだ。雄二郎にとっては予想外の、まさに嬉しい悲鳴だった。アンケートは常に上位、単行本も1冊に付き軽く50万部を超える、今やジャンプの看板作品と言っても過言ではない『CROW』である。その人気作品に、アシスタントとして携わりたいと思う人間がいても全く不思議ではない。しかし使える人間がいるかどうかは別の問題である。雄二郎は社に送られてきたカット1点1点に根気強く目を通し、選別していった。毎日毎日目を通した。編集部に最後まで残る日が日常になるくらい、毎日毎日目を通した。
  画力、やる気、年齢などを考慮した結果、雄二郎は5人を選んだ。幸い皆都内にいる。一度面接をしたいと言うと、5人とも気持ちよく応じた。まずは直接会って見極めなければならない。勿論アシスタントは5人もいらない。雄二郎も5人全てに採用を出す気はない。大人気作品と言う美味しすぎる餌には釣られても、あのアクの強い新妻と合うかどうかは別だからだ。実際、過去に1人逃げられている。常に大音量の音楽が流れていることも人を選ぶ。どんな人間が来ても新妻は気にしないかもしれないが、なるべく穏やかな人間関係と職場環境にしてやりたいと思うのは、担当である雄二郎の思いやりなのだ。

 アシスタント志望の者とは、3日間に分けて面接をすることにした。まず1日目は2人、2日目は1人、3日目は2人だ。適当な喫茶店やファミリーレストランで簡単な面接をした。まず共通で最初に聞くのは、この質問である。
「知っているかもしれないが、新妻くんは現役高校生だ。自分より若い先生の下でやることになるが、大丈夫か」
  構いませんと答えた者が3人、少し言葉に詰まったが構わないと答えた者が1人、顔を引き攣らせた者が1人。雄二郎は1人に不採用を言い渡した。
 次に聞くのはこの質問である。
「新妻くんの仕事場には常に音楽が大音量で流れている。それでも大丈夫か」
  構いませんと返答した者が2人、音楽によりますがと答えた者が1人、うるさいと気が散って集中出来ませんと答えた者が1人。雄二郎は1人に不採用を言い渡した。
 また次に聞くのはこの質問である。
「新妻くんは変わり者で、執筆中は常に大声で独り言を言ったり、奇声を上げたりしている。それでも大丈夫か」
  慣れると思うので大丈夫ですと答えた者が1人、そんなまさかと笑い飛ばした者が1人、言葉を失った者が1人。雄二郎は2人に不採用を言い渡した。
 結局残ったのは1人になってしまった。やっぱりこうなったのか、いやむしろ1人でも残ってくれたのはありがたいのかも知れない、と雄二郎は思い直すしかなかった。もうこの1人で決定だろう。まずは1人目のアシスタント確保に安堵のため息を吐く。気が抜けた顔でコーヒーを飲むと、雄二郎は目の前の応募者に「君を採用しよう」と笑った。残った1人は本当に嬉しそうに、何度もありがとうございますと雄二郎に頭を下げた。誠実そうなその姿に、雄二郎はアタリを引き当てた気分だった。
 このアシスタント応募者も、もちろん漫画家志望である。何度か投稿をしているが、1度最終候補に残っただけで、それ以来賞を取ったことがないと言う。担当は付いておらず、それ以降も何度も投稿を続けている。新妻のアシスタントになり、実際のプロの現場を見てみたい。大人気作品の作者である新妻から、働きながら漫画を学びたいと言う思いで応募したと、雄二郎に熱っぽく語る。熱意とやる気は十分なようだ、と雄二郎はニマニマした。評価はうなぎのぼりだ。
「それに、新妻エイジ先生の職場についてはちょっとした噂があるんです」
「噂……? なにそれ」
  噂、どんな噂なのだろうか。新妻の毎週の巻末コメント、単行本のコメント、その他新妻の手から離れて世に出るものは、全て雄二郎のチェックを通している。変な噂など出る要素は何もないし、逆に何か良い噂が出る要素などあっただろうか。
「新妻エイジのアシスタントになると、絶対デビュー出来るって言う噂があるんです。有名ですよ。福田真太も、中井拓朗も、新妻エイジのアシスタントなんですよね? デビューしたじゃないですか」
「あー……うん、まあ、そうだね」
  だから僕が今必死で新しいアシスタントを探してるんだけど、と言う言葉を飲み込んで、目の前の応募者を見た。先ほどのやる気をアピールする熱弁をさらに上回る饒舌さで、興奮したように喋り続けている。
「しかも揃って金未来杯に! 新妻エイジのアシになると、連載に近くなるってことじゃないですか」
「ええ? うーん……」
「それから亜城木夢叶、あの人は連載決まってるんですよね? 亜城木夢叶も新妻エイジのアシだったって聞きました」
「彼は2日しかいなかったよ」
「でもアシだったことには変わりないです」
  雄二郎は話の雲行きが怪しくなっていくのを感じた。この応募者はそう言うジンクスを信じる性質らしい。非常に馬鹿らしいことだと思っても、それを口に出すのは大人気ないので黙っていた。応募者はさらに夢見がちに、新妻のアシスタントになることで得る多大なる恩恵とやらに期待を膨らませているようだった。その辺の話は雄二郎にはどうでも良かったので、右から左に受け流した。受け流すしかすることがないのである。今雄二郎にとって大事なことは、アシスタントを確保出来るか出来ないかなので、派遣したアシスタントがその後デビューできるかどうかは全く別の話だ。そもそも雄二郎が担当している人間ならまだしも、そうでもない一介の投稿者の面倒を見る余裕などない。
  夢見がちな妄想を膨らませる応募者をよそに、正式採用と初出勤日、場所、ギャラ等の必要事項を伝え、さっさと社へ戻った。

 数週間後、新妻の原稿を取りにマンションまで赴くと、3人だったはずのアシスタントが見慣れた2人しかいなかった。雄二郎がぼけっともぬけの殻になった机を見ていると、中井が察して「辞めました」と伝える。
「だめだったか……」
「何なんすかあいつ、勝手に期待はずれだったーとか喚いて出て行きましたよ。意味わかんねー」
「あー……、きっとアレだ。何かね」
  雄二郎は2人と、話に耳を傾けているらしい新妻に、この職場についてまことしやかに流れる噂と言うものについて喋ってみた。聞いた新妻本人はぽかんとし、福田は不快感を顔いっぱいに広げ、中井は困った顔をしていた。
「っんだそれ、それじゃまるで俺らが金未来杯にエントリーされたのが、新妻くんのおかげみてーじゃんか」
「そんな噂初めて聞きましたよ」
「僕も初めて聞いたよ。そりゃデビューしてるけどさ」
  新妻がアシスタントに何かを教えるタイプであれば、また別だっただろう。しかし新妻は何も教えないし、何もしない。それは必要な時にしか仕事場に来ない雄二郎にでもわかることだ。徹底的に教育してアシスタントをデビューさせる作家もいるが、デビュー率だけを見ておそらくそのタイプの作家だと思ったのだろうか。実際の新妻を見て、数週間過ごし、落胆して逃げたあの志望者は、あまりに愚かで哀れだ。結局一方的な勘違いであったのに。
「福田さんと中井さんはすごく頑張ってたです。だからデビュー出来たです。僕は関係ないと思います。そんな噂は、2人に失礼です!」
「そーだそーだ! 俺が頑張ったんだ! 新妻くん何もしねーし。しなくて良いけど」
「やっぱ地道に探すか……。あ、新妻くん原稿もらってくね」
  雄二郎は床に散らばった原稿を拾い集めながら、編集部に保管されている膨大な数の投稿作品を思い出した。また1つ1つ原稿をチェックする日々が始まるのかと気が重くなったが、これも新妻のため自分のため出世のため、と自分に言い聞かせた。
「だいたいそんなにいっぱい投稿してて最終候補止まりって、才能ねーんじゃねーの?」
「うっ……」
「ち、違、中井さんは賞取ってんだろ! それに今はちゃんとほら……な、新妻くん!」
「え? なんです? シュバババ! ズギャーン!」
  原稿をしまい込み、すっかり見慣れた仕事場の風景を見ながら雄二郎は「今度は肝の据わったタイプを探そう」と考えたのだった。新妻のためのアシスタント探しはまだまだ続く。



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原作は3人になりましたねー。



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