話しましょう

 新妻曰く「バイオレンス・サスペンス・メルヘン」の作者達は、良くも悪くも意見を決裂させ、しかし和やかな雰囲気で場は帰結した。闘争心と作品への自信は皆一様に高いままだった。部屋の主の新妻だけがある意味部外者ではあったが、この場を一番楽しんでいた。好きな作者の作品をネームの段階で見ることが出来るという、この上ない特権を得たためである。
 新妻は機嫌が良かったが、他の3組に関してはそうとも言い切れない。特に今回中井と組んだ蒼樹は、それが顕著だ。意見の出し合いと言う馴れ合いにも見える場に飽きた蒼樹が、用件が済んだのであればもうこの場にいる意味はない、と颯爽と席を立つ。高慢にも思える態度に、福田は色素の薄い髪の隙間からチラリと蒼樹を見たが、すぐ目を逸らし興味が失せたかのように「おつかれさまでしたー」と義務のように言った。
  形式的に挨拶をすると、蒼樹はさっさと部屋を出て行ってしまった。それを中井が慌てて追いかける。ドアが閉まった向こう側からは、送ります、結構です、の応酬が続いていた。姿が見えない声だけのやり取りではあったが、そこには揺らぎのない上下関係のようなものが見えて、高木は少しげんなりした。隣の真城も同じような顔をしていたので、思うところは同じだったようだ。
  やがてそれらの声が小さくなり、玄関の閉まる音がした。中井が帰って来ないことを見るに、送ることを許可されたか、無理やり付いて行ったかのどちらかだろう。
 誰かが小さくため息をついた。一番気を遣う人物が退席したことで、肩の力が抜けたのだ。
「新妻くん、原稿の進みどうだ?」
「僕の分は終わりましたケド、中井さん出てっちゃいましたし、残りは明日でもいいです」
「大丈夫なのか?」
「まだ時間はあるです」
  ふうん、と他人事のような返事をすると、福田は自分のネームを片付け始めた。新妻は床に寝そべっていた身体を起こす。まだ機嫌は良いようだ。蒼樹の態度は気にも留めない。新妻は、中井と蒼樹の退席によって開いたソファに膝を立てて座ると、おもむろに高木に話しかけた。
「亜城木先生の、話担当の高木先生ですね」
「……え、あ、はい」
  困惑が隠しきれずに返事が遅れてしまった。高木が新妻と直接会うのは、これで2度目だ。1度目は編集部で、あまりのインパクトに困惑して終わった。
「亜城木先生には、あっ、真城先生の方です。アシスタントに来てもらった事があって、そのときいっぱい話できたです」
「は、はぁ」
「高木先生とも話してみたかったです! 感激っス」
「ど、どうも……」
  新妻のテンションに圧倒されて、高木はまともな返事が一つも返せない。新妻のこの態度が天然であり、本当に自分たちの作品が好きであるということは真城から聞いていたが、いざ目の前にするとやはり困惑してしまう。しかし好かれることに悪い気はしない。高木は、とりあえず新妻とコミュニケーションを取ることにした。
「『この世は金と知恵』とっても面白かったですケド、『疑探偵TRAP』も面白いです。載るの楽しみにしてるです!」
「あ、ありがとうございます。新妻さんの『CROW』も毎週面白いですよ」
「本当です? 嬉しいです!」
  真城は、高木と新妻のやり取りを横目で見ながら、ネームを整理し片付けた。新妻に同じように迫られたことは真城にもあったし、適当に切り上げさせて帰ろうと思っていた。
 ふと右隣を見ると、高木と新妻のやり取りを福田がニヤニヤしながら見ている。
「真城くんのとき以来だ、こんなにはしゃいでるの。仲良いんだな君ら」
「仲良いって言うか……」
  なんとも釈然としない。むしろ真城と高木は新妻を一方的にライバル視していて、交流を持とうとは考えもしなかったのだ。新妻はまだ高木を離そうとしない。高木も新妻のテンションに徐々に慣れ始めてきたのか、大分自然に会話をしている。
「いえ、僕は絵が全然描けないのでそれは真城に」
「そうなんですか! ネームは真城先生が描いてるです?」
「僕が最初に描いて、それを真城に清書してもらってます」
「おお、そう言うやり方もあるですね」
  時計は20時を回ったところだった。吉祥寺から谷草まで、終電には間に合えばいいと真城は考えていたが、新妻が高木を離さないようであれば無理にでも帰ろうと思っていた。
(……明日も学校あるし)
  と言う言い訳を持って。今や高校は二の次の真城と高木にとって、学校は重要な理由にはならないが。
「高木先生、すごく才能あると思います。亜城木先生も、よく高木先生の話してたです」
「え?」
「えっ?」
「あーしてたしてた」
  新妻は悪気無く、福田はニヤニヤと2人を見ていた。真城は自分が何を喋ったのか覚えてもいなかったし、そんなに喋ったつもりもなかったので面食らってしまった。そもそも2日しかいなかった上に、1日は『CROW』の助言で終わったのだ。喋ったと言ってもたいした事は喋っていないはずだった。
「話作りは相方の方が上って言ってた」
「ああ……」
  その事か、と真城は思った。やはり大したことは言っていないようだ。
「話作りも設定作りも上手いって言ってた」
「あ、ああ……それはそうですね」
  そんなこと言ったっけか……、と真城は思った。そんなことを言った記憶はなかったが、福田が言ったと言うのなら言ったのだろう、と。
「高木先生は、喜怒哀楽がはっきりしてるって言ってたですね」
「……え?」
「亜城木先生をいっぱい褒めてくれるですね!」
「え? は?」
「高木先生のこと話してる亜城木先生は、顔がほわーってなってたです」
「すげー仲良いんだなーって思ったよ」
「はぁ!?」
  言った覚えのないことばかり、今目の前に突きつけられている。記憶を探っても覚えていない。そればかりか表情まで観察され、真城は困惑した。
「ぼ、僕そんなこと言いました?」
「言った言った」
「言ったです!」
  証人が2人、嘘ではないようだ。真城は大変な居心地の悪さを感じていた。横目で高木を見ると、少し驚いた顔で真城を見ていた。照れているのか、僅かに頬が紅潮している。
「2人でやるのは難しいって言ったけど、君らは続きそうだな」
「亜城木先生の話と絵、すごく合ってます。ずっと2人でやってほしいです」
「ど、どうも……」
  妙な空気だ。まるでこれからの門出を祝う、新婚夫婦へ掛けられる言葉のようだと真城は思った。真城と高木はどうにも居心地が悪く、適当に話を切り上げると2人に帰宅を告げた。
「ちと待って、君ら駅まで行くんだろ。俺も寝に帰るから途中まで行こうぜ」
  福田は新妻に形式的に帰宅を告げると、新妻も形式的に承諾する。手早く荷物をまとめると、先に玄関まで行ってしまった。
「お邪魔しました。それじゃ新妻さん、原稿頑張って」
「亜城木先生の漫画、楽しみにしてるです。また遊びに来て下さい。亜城木先生ならいつでも歓迎ウェルカムです」
  福田が待つ玄関まで高木と真城を送ると、羽ぼうきをパタパタと仰ぎながら奇妙なポーズを取った。見慣れている真城と福田は何の反応もしないが、高木は慣れも不慣れも中途半端なのでまじまじと見ている。
 マンションを出て駅までの短い道すがら、3人は今回の金未来杯のこと、やはりKOOGYが気に入らないこと、新妻を追い抜きたいこと、そして今のジャンプのことなどを語った。
 短い時間に濃い話をした3人は、駅のホームでそれぞれの帰路に向かう電車に乗り込んだ。

 福田と別れると、2人は途端に黙り込んでしまった。高木は他人の口から出た真城の自分への評価を、真城は無意識に出ていた高木への気持ちを、それぞれ思い出していた。もっとも高木はそのことで悪くは思わず、むしろ褒めてもらったことに喜んでいたが、真城は自分の発言を悔いたい気分になっていた。
 単純に恥ずかしかったのだ。付き合いが長くなるにつれ素直に褒められるようにはなっていたが、それでも相手がいないところで言った言葉が当人の耳に入るのは恥ずかしい。
 真城は隣にいる高木をチラリと見る。高木と目が合って、咄嗟に逸らした。目を逸らしてしまったことに自分でもうろたえたが、適当な言い訳で自分を納得させ、逸らした視線をあてもなく彷徨わせる。何気なく目を向けた先には吊り広告があった。新妻の『CROW』の主人公が今にも飛び立ちそうに大きく載っている。先ほどの新妻の言葉を思い出してしまい、真城はさらに目を逸らした。
「サイコー、ありがとな」
「……?」
  高木の声で、真城はやっと隣に目を向ける。呼ばれたから、と言う理由を付けて、真城は目を逸らすことをやめた。高木は窺うように真城を見ると、少しはにかんだ笑みを浮かべた。礼の言葉に思い当たることがない真城は、次の言葉を待つ。
「俺、サイコーに褒められるのが一番嬉しいから」
「そ……そうかよ」
「うん、サンキュな」
 真城は自分の顔が熱くなるのを感じた。高木も、嬉しくて笑っていた。
 初々しい学生カップルのような雰囲気を醸し出す2人を乗せて、夜も更けた谷草への道を電車は走るのだった。




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二連続で電車オチにしちゃった…ま、まぁいいや。



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