俺のもんになって

 下校途中に自転車でシュージンと並んで走っていたら、突然2匹の犬が目の前に飛び出してきて、危うく轢きそうになった。よろめいて多少バランスを崩したものの、何とか持ち直してやり過ごす。2匹の犬はさすがに驚いていたようだが、すぐに何事もなかったかのように通り過ぎて行く。気楽なもんだ。
「あっぶねーなぁ」
「大丈夫か?」
「おー」
  当の本人……犬だけど、2匹はあっという間に走り去ってしまい、今や肉眼で確認しても米粒程度にしか見えない。こっちが転んだわけじゃないから、いいけど。
  僕はのろのろと自転車を漕ぎながら、走り去った2匹の犬たちをぼんやり眺めていた。2匹の犬のうち、1匹はどうもあまり早く歩けないようで、もう1匹が気遣うように側に寄り添っていた。多分オスとメスだ。そして見間違えでなければ、メスはきっと身重だ。ちょっと腹がぼてっとしてた気がするし。もう少ししたら子供でも生むんだろう。それを考えると轢かなくて良かった。
「さっきの犬、メスのこと庇ってたな」
「よくわかるな、そういうの。見分け方とかあるんだ」
「いや、片方ちょっと身重っぽかったから」
「ふーん。じゃあ夫婦か」
  犬の習性とかはよくわからないけど、好きな子を守りたがるのは犬も人間も同じか。そう言えば昔、僕にすごく懐いてくる犬がいたっけ。
  今も犬みたいな奴はいるけど……すぐ隣に。僕はシュージンをチラリと見た。シュージンは、うん? と不思議そうに首を傾げている。
「……昔の犬思い出した」
「犬飼ってたんだ?」
「いや家では飼ってないけど、近所に野良か何かがいて、その犬が俺にすげー懐いてた。それで可愛がってた」
「へー」
  まだちっちゃい頃の話だ。僕の行く先行く先ついてくるその犬が、最初は欝陶しくてたまらなかった。でもちゃんと構ってみるとそれはそれで可愛くて、結局僕も時間ができると犬を構いに行ったっけ。
 飼いたいと思ったこともあったけど、親にはダメって言われそうで打ち明けられなかった。でも勝手に名前を付けたりして、飼ってる気分にはなってたんだよなー。
「何て名前だったの?」
「…………矢吹」
「ぶはっ!」
  くそ、笑われた……まぁ笑うか……。シュージンは悪い悪いと謝っていたが、涙まで浮かべて笑ってる。ちょっと笑い過ぎだろう……笑いの沸点低いんじゃないか?
 とにかく矢吹(由来は言わずもがなだ)と僕はよく遊んだ。毎日とはいかないが、頻発に遊んでは泥だらけになったりして、母親に怒られてた。でも僕は飼い主でも何でもない。子供の遊び相手だった野良犬は、いつの間にか姿を消してしまった。
  姿を見掛けなくなって、寂しさを感じながらも月日が過ぎた。子供にしては頑張って探したりもしたが、どれだけ探しても犬の姿は見当たらない。やがて探すことを諦めて、そんなこともあったなと思い出の中にそれを閉じ込めた。
「どっかよそに行っちまったのか……」
「それがいつの間にか彼女作っててさー」
  姿を見掛けなくなって一年くらいたったある日、偶然あの犬を見掛けた。僕と一緒にいたときには既に成長しきっていたから、大きさはあまり変わってはいなかった。変わっていたことといえば、隣に一回り小さい犬がいて、さらに子犬が何匹かいたことだろうか。
 あぁなるほどなぁ、と子供心に脱力したのを覚えている。あのまま野良で生きていくのか、どこかの家で飼われているのかは知らないが、その犬にはもう関わろうとは思わなかった。
 でも短い間とはいえ、少なくとも僕にとっては仲良く遊んだ相手だ。他の犬に取られて寂しいというか、メスに取られて悔しいというか、とにかくその後はもやもやした感情にしばらく悩まされたのだった。
「うーん……何となくわかる気もするけど」
「多分、その犬を自分のもんだと思ってたんだよ。飼ってたわけでもねーのに」
「それが他の犬に……」
「俺のが取られた、みたいな」
  あの時のもやもやした感情は、何とも言い表せない。自分のものじゃないのに、自分のものだと思い込んでいて、しかもそれが遠くに行ってしまった時の寂しさ。自分のものじゃないから主張も出来ず、気持ちのぶつける先もないもどかしさ。でも相手にとってはそれが良いんだろうからと、頭では理解出来てしまう苛立ち。
 あぁ……何だか似ている。似てるぜシュージン……おまえだよ。
 最初に僕に声を掛けて来た頃なんて、おまえ僕にべったりだったじゃないか。うざいって言っても付いて来るし、何にしてもおまえにとっての最優先事項は僕だったはずだ。それは自惚れでも何でもない。客観的に見てもシュージンは僕を最優先に考え、そして立てていた。シュージンの意識は10割僕に向いていたんだ。
 なのに見吉に本気になってから、その3割か4割は持って行かれた気がする。その内全部が見吉に持って行かれるんじゃないだろうか。また僕は、あの何とも言えないもやもやした気持ちを味わうんだろうか。そして今度も、自分のものだなんて主張できずに、もやもやするんだ。あの犬のとき以上にだ。
「取られた、かー……。サイコーって意外と独占欲強いんだな」
「……そうかな」
  犬とシュージンを同列に考えるのもどうかと思うけど、その時になったら僕は素直に頷いてやれるんだろうか。いや、僕はシュージンと漫画家として生きていくんだから、完全に別れるときはコンビを完全に解消して、夢すら別たれた時だろう。
 それでも僕の方を向いていないシュージンなんて想像できない。当たり前だと思っていたものがなくなる時、そしてその自惚れが崩れる時、僕はどうなるんだろう。
 シュージンは僕がいなくても何とかやって行けそうな気がする……。僕は……あぁ、考えただけでも凹む。
「あー自分のもんにしてー……」
「何が? 犬?」
「おまえ」
「なに? 聞こえねーもう一回言って」
  小動物なんて拘束すればすぐ自分のもんになる。でもシュージンは、そうはならない。子供じみたこんな独占欲に、時々苛まれることにこいつは気付くはずもない。
 女子に嫉妬しても仕方ないのに、何だか今日はどうしようもなく他人を僕たちの間に入れたくない。せめて今日は見吉抜きで2人でいたい。こんな事思うのも、どうかと思うけど。
 あぁもう、今日は本当にどうしようもない。

 

 

____________
そこで5割とか思わない辺りが真城の自惚れ。



←戻る