カウントアップ

 さて……何で僕がシュージンごときに振り回されているのかを説明しようじゃないか。
 そもそも事の発端は、シュージンがことあるごとに僕を好き好きと言うところからだ。まず最初にノートを人質(?)に取って、放課後に声を掛けて来たところから考えても、並の回数じゃない。数えてないけど。
 そう、数えてない。数えてないなら、数えてみようじゃないか。
 暇人とか言うなよ。これでも僕は必死なんだ。亜豆と言う女子がいるにも関わらず、何で僕の頭の中がシュージンで埋めつくされているのかって言う……。
 僕だって、自分のベッドの上で「何でだ!」って言いながらゴロゴロ転がったのは二度や三度じゃないんだ。本当に困ってるんだ。だから数える。数えて、シュージンに突きつけて「おまえいい加減にしろ」と言う。言った後の事は考えてない。何とかなる!

 1日目。
 いい天気だ。いい天気だけど、もうすっかり恒例になった「シュージンのお迎え」が既に来ている。あいつ何時に起きてんだ。
「おはよーサイコー」
  シュージンさん、今日も朝からご機嫌ですね。にこにこした笑顔で、玄関から出てきた俺を出迎えた。しかしこのお迎えはいつまで続くんだろうか。
「なぁ、おまえいつまで俺のこと迎えに来んの?」
「ずっとかな」
「……他の友達にもそうやって迎え行ってたのか?」
「いや? サイコーだけ。俺サイコー好きだし」
  うわーこのやろう……さらっと言いやがった。この後どうでもいいようなことを話しながら学校に向かい、そしてこの日は朝の1回のカウントだけで終わった。本日1回。

 2日目。
 今日はくもり。いつものように、シュージンの迎えで学校に行き、適当に授業を受けた。一応受験生だが、俺もシュージンも高校は確実に決まっているようなものなので気楽だ。
 授業の合間の休み時間、シュージンと話していると他のクラスのやつがシュージンを訪ねてきた。シュージンは廊下へ出て行ってしまい、僕は手持ち無沙汰になってしまったが、何となく少し聞き耳を立ててみた。
「なぁ、おまえ北高ってマジ?」
「おう、マジマジ」
「うっそだろぉ!? 何で高木が北なんだよ! ありえねーよ! 何でだよ!」
「何でって……」
  漫画家になりたいからです、とはさすがに言えないか。夏休みが終わったばかりの受験生だ、言って好奇心丸出しの目で見られるのも避けたいだろう。
「えっと……あ、そう、アレだよ、好きな子が北高志望だって言うからさー」
  頬杖を付いていた僕は、思いっきりそれを外した。
「マジかよ! 誰? 誰?」
「ぜってー言わねーって」
  シュージンは廊下で楽しそうに話していたが、僕はそれどころではなかった。シュージンは僕に合わせて北にしたんだ。つまりどう考えてもそう言うことじゃないか。僕がなんとも言えない顔で考えていると、シュージンが戻ってきた。
「聞こえた?」
「……聞こえた」
  正しくは「聞いてた」だけど。
「好きな子って、おまえのことな。愛しのサイコーくん」
「おまえ……」
  2回だ。いや、「愛しの」を入れたら3回だ。もう何なんだよこいつはさー……。本日3回。

 3日目。
 今日もくもりだ。まぁいつも通りだ。いつも通りだが、何日か前に出されていた宿題をすっかり忘れていた。出席番号順で当てる先生だから、今日は確実に僕が当たる。こう言うときは、困った時の秀才くんだ。
「シュージン、宿題やった?」
「おう、もちろん」
「見して」
「え? あー…今日当たるのか。そうだなー……何で宿題やってないのか、その理由次第だな」
  理由って、いつもはそんな事言わないくせに。て言うか夏休みの宿題も、何も言わずに全部やってくれたんじゃんか。今更何言うんだ? まぁいいや、理由なんて決まりきってる。
「絵の練習してた」
「へへ、だからサイコー好き。合格!」
  こいつはまたさらっと……いや、とにかく今は宿題の答えを写そう。時間が迫ってる。僕はシュージンのきちっとした字で書かれた答えを、その場で書き写した。
「サイコーの字って丸っこいよなー」
「何だよ、別にいいだろ」
「いいけど。でも可愛いよな。俺は好きだぜ」
 ……反応したら負けな気がした。本日2回。

 4日目。
 今日は晴れだ。今日は確か体育があったはずだ。校庭に出るのが面倒だが、授業なので仕方ない。僕はジャージに着替え、のろのろと外へ出た。
「ストレッチやるからなー。適当に好きなのと2人1組になって始めなさーい」
  体育の先生の声が響く。僕の場合は考えなくても、シュージンからやってくる。犬みたいだなこいつ……。僕はシュージンに背中を押してもらいながら前屈を始めた。
「たまには他のやつと組めば」
「俺はサイコーと組みてーから来てんだけど」
「何で俺なんだよ」
「何でって、大好きな親友とはいつも一緒にいたいじゃんかー」
  僕はやっぱり無言になった。……よく考えなくても、毎日1回は好きって言われてないか。どういう状況だ……いい加減混乱してきた。本日1回。

 5日目。
 4日間で腹いっぱいになってしまった。数えるのはもうやめよう……。
 今日は朝から雨だ。ビニ傘を持って家を出た。昼過ぎには止むと天気予報で言っていたので、今日は土曜だし学校が終わる頃には晴れるだろう。案の定正午になる前にはすっかり上がり、雨だったのが嘘のようにカラッと晴れ上がった。
  晴れてる時に持つ傘ほど荷物になるものはない。僕は置き傘にしてしまえと、昇降口の傘立てにビニ傘を突っ込んだ。同じような傘がたくさんあって、今突っ込んだばかりなのに見失いそうだ。300円くらいのビニ傘だし、別にパクられてもいーやと思ってるけど、実際パクられたらムカつくんだろうなー。
「サイコー、傘持ち帰らねーの?」
「置き傘」
「ふーん」
  今日はすぐに仕事場に向かうことになっている。シュージンはちゃんと持ち帰るらしい。律儀だ。手に持っている傘はシックな茶色で、シュージンにぴったりだと思った。
 僕達は、青空を反射する水溜りばかりの道を歩いた。雨の上がった後の空気は、さっぱりとして気持ちいい。まだ9月だから湿気はあるけど、僕は無意識に笑みが浮かんだ。
「サイコー、何か機嫌いいな」
「え、そうか?」
「うん、にこにこしてる。サイコーが嬉しそうだと、俺も嬉しいから良いけど」
  そう言ったシュージンこそ、にこにこしていた。そう言えばここ数日はこいつに振り回されたな……。集計結果を教えたら、どういう反応をするんだろう。僕はニヤッと笑って切り出した。
「シュージンさぁ、毎日毎日俺に好き好き言うの何とかなんないの?」
「え、なにそれ」
「無意識かよ! 昨日は1回、一昨日は2回、その前は3回でその前は1回。俺毎日おまえに好きって言われてんだけど」
  シュージンはぽかんとしていた。さぁどう出る。僕としては、ここでもの凄く恥ずかしがったり、うろたえたりしてくれれば面白い。僕はシュージンの反応を待った。
「数えたのかよ」
「おう」
「おま……いや、いいけどさ……。でも好きだから好きって言うの、別に変じゃないだろ?」
  正論で来るかよ……。確かに間違ってはいない。間違ってはいないが、シュージンには羞恥というものがないのか。そもそも僕がベッドの上であーとかうーとか言いながらゴロゴロしてんのもシュージンのせいであって、あー段々イライラして来た。
「言われる身にもなれよ。毎日毎日好き好き好き好き言われて、俺がどんだけ恥ずかしいか」
「恥ずかしいのか?」
「恥ずかしいって言うか、言われると何か、もぞもぞすんだよ!」
「もぞもぞって何だよ」
「知るかよ! それに毎日言われてんなって気付いてから、何かずっとシュージンのことばっかり考え……あ、」
「俺? なに?」
  気付いてしまった。気付いてしまった気付いてしまった。いやこれは、気付かない振りをした方が絶対いい。絶対いいんだけど、自己主張の強すぎる心臓がそれを拒否する。
 僕ばっかりこうなのか、何だか無性に悔しい。見たところシュージンは、そう言う意味で言ってる訳でもなさそうだ。と言うか、そう言う意味で言ってたら逆に凄いと思う。無性に悔しい……僕ばっかりかよ……。
「……シュージンってさ」
「なに?」
「俺のことずっと考えてる時なんてねーだろ」
「いや? あるよ。て言うか、だいたいいつも」
  こいつ何なんだよ!! 僕は一気に熱が顔に集中してしまった。こいつ、本当にこれで無意識なのかよ。信じらんねー! 冗談じゃねー!
「おまえ、俺に取ってる態度とか、言ってる言葉とか、女子にやるなよ。絶対誤解されっから……」
「サイコーくらい好きならわかんねーなー」
  僕は倒れそうになった。本日、「好き」1回。



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