弟系

 マスコミがベストセラー! とかうるさく騒いでいたので、本を1冊買ってみた。『兄系・弟系』と言う本だ。
 (ちなみに同時に『姉系・妹系』と言う本も出ている。こっちは男版の倍以上売れているらしい)
 題名から内容を想像できるのが良いのか悪いのか、要するに兄系タイプはこうで、弟タイプはこうですよ。普段の性格はこうで、恋愛になるとこうなりますよ。だからこうすると喜びますよ。と言う、大したことのない内容だ。以前同じようにベストセラーと謳われていた血液型関係の本と、何ら変わりがない。
 アレももちろん読んだ。売れてたからだ。売れるものには理由がある。自分がそれを好きか嫌いかは別として。
  俺には兄貴がいるので、俺はここで言う『弟系』なんだろう。本を流し読んでいると、サイコーが何読んでんの、と本の中身を覗いて来た。
「これ」
「兄系…あぁ、何かすげー売れてるやつだろ」
  書店でかけられたカバーを外して表紙を見せると、そんな反応が返ってきた。書店に行けば必ず目立つところに平積みしてあるし、時間帯によっては1時間テレビを見てるだけでも2回はCMが流れる本なので、サイコーも知っているようだ。見せて、と言われたので、カバーを直してサイコーに渡した。
「今も流行りもの、片っ端から読んでるんだ」
「ま、一応な。研究することは悪いことじゃないし、市場調査って大事だろ」
「さっすが」
  サイコーが俺のこと褒めた! 珍しい……。嬉しくてちょっと顔が緩んでしまった。やべやべ。直さないと。サイコーはパラパラページをめくっていた。興味のあるページがあったのか、ページをめくる手を休めてしばらく同じところを読んでいる。
「……弟系は甘えたがりで無邪気だって。甘えたって所はちょっと当たってんなシュージン」
「え、嘘言うなよ。当たってねーよ」
「自覚してねーし」
  サイコーは俺の顔を見てニヤニヤしていた。別にそんな、そうでもないだろう。俺のどこが甘えたなんだ。心外だ。
「いつ俺が甘えたんだよ」
「あんまり甘えないけど、甘えたいんだろうなーって思うときはよくある」
「いつ」
「今とか」
「どこが!」
「うわ、気付いてねーよこいつ」
  何が! と言おうとしたら、サイコーに腕を引っ張られた。いや、正しくは俺がサイコーのシャツの腕の部分を握っていたので、サイコーは自分の腕を上げたに過ぎない。つまり……
「ずーっと俺のシャツ掴んでんの、気付いてないのかよ」
  俺は恥ずかしくなって、すぐに手を離した。焦って大げさな動きになってしまった。自分じゃ掴んだ覚えがない。て事は無意識だ、気付いてなかった。こえぇ! 何だコレ! 何で俺サイコーのシャツ掴んでんの?
「俺が本借りた時からずーっと掴んでた」
「マジで!?」
「早く本返して欲しいんかなって思ったけど、違うっぽいから」
  ヤバイ、恥ずかしい。顔がすげー熱い。無意識にこんなことしてるなんて、女子じゃねーんだから。何なの俺、ちょっと穴掘って埋まりたい。
「構ってほしーんだよなーシュージンくん?」
「ちょ、やめて! ダメージでかいからマジで」
「でも俺別に気にないし、シュージンも気にすんなよ」
「気にするよ!」
「て言うか今さらだし。おまえいつも」
「わー! わー! わーーー!」
  その先は恥ずかしくて聞けなかった。自分でも予想は付くが、それをサイコーの口から聞きたいかどうかはまた別の問題だ。サイコーはやっぱりニヤニヤしていたが、もうそれどころじゃなかった。今はサイコーの側から離れなくては。じゃないともう恥ずかしくてしにたい。
 とにかく熱いままの顔を何とか覚まそうと、仕事場を脱してベランダに出た。外気が気持ちいい。とにかく落ち着け、落ち着くんだ。俺は自分に何度も言い聞かせた。
「この本、兄と弟だけなんだな。ひとりっこがない」
  サイコーはひとりっこだっけ……あぁ…でもひとりっこなら何かわかる所もある……。そんなことをぼんやり考えながら、両手のひらを自分の頬に当てた。覚めるのには時間がかかりそうだった。
  ようやく顔の熱を冷まして仕事場に戻ったら「でも俺の他に甘えたそうにしてるのは見たことない」と言われて、俺はベランダに逆戻りするハメになった。
覚ますのにもっと時間がかかった。


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サイコーがひとりっこじゃなかったら削除コースの1本。
書いといて何ですが、シュージンはフィクション以外の流行り物には手出ししそうにないと思います。



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