スキンシップ

 スキンシップが多い俺と違って、サイコーは人付き合いに関しては結構ドライな方だと思う。漫画家に誘うまでの間、同じクラスになって二ヶ月サイコーを観察していたが、あまり我を出さない。案外クールなんだな、と思っていた。
 自分でもスキンシップが多い方だと自覚しているが、最初の頃はサイコーにもよく「うざい」といわれていた。でも今は何も言われない。諦めただけかもしんないけど。俺はへこたれなかったからな!
  付き合いが深くなっていくにつれ、サイコーも人並みに我を出すことを知った。結構ワガママなとこも。そしてサイコーからのスキンシップも以前より増えた。増えたのはともかくとして、何だか最近変な気がする。

「やべー……眠い。超眠い」
「なに、絵の練習でまた徹夜したとか?」
「いや……でも眠い」
  仕事場に到着するや否や、サイコーはすっかり定位置になっている机に顔を突っ伏した。声もすっかり死んでいる。漫画以外のことでも色々あるからな、きっと何か他の事で眠れなかったんだろう。俺は特に追求することもせず、荷物を床に置いて適当にソファに腰掛けた。
 そもそも今日は俺のネームの直しをしたあと、サイコーに清書してもらうために来たので、本人の調子が悪ければ明日でも良いと思った。特に急ぎでもないネームだ。体調が悪いなら無理を押してまですることじゃない。
「今日はやめとく?」
「んー……んーうーん……」
  ……否定なのか肯定なのかわからない。このまま寝てしまいそうだ。寝て調子が戻るならそれでもいいけど……
 少しサイコーの様子を見ていたら、眠気を払うように頭を左右に振り出した。ああ……俺もやるやる……。そのまま勢いよく立ち上がると、サイコーは俺が座っているソファの隣に座った。
「眠気が覚めない……」
「今日は寝ちゃえば? 別に今は急ぎでもないしさ」
「眠いけど寝たくない……何とか目……覚ましたい……」
「じゃあ顔洗うとかして、あ、俺空気入れ替えてやるよ」
  窓を開けようと立ち上がりかけたとき、何かが俺のシャツを掴んだ。わざわざ確認しなくてもサイコーの手だ。眠いとか言ってんのに随分強く掴んでる。シャツがシワに……いいけど。
「なに、どした?」
「入れ替えなくていい。座ってろ」
  よくわからなかったが、とりあえず言われた通りにソファに座り直した。サイコーはシャツから手を離すと、今度は俺の首の後ろと背中に手を回してきた。つまりその、客観的に見て、抱きしめられてるような、体勢だ。
「え、なに、え」
「いーからじっとしてて……今眠気覚ます」
  またよくわからなかったが、言われた通りにじっとしていた。肩に顔を埋めたサイコーは、両手を背中に回し時々なでた。変な感じだ。まぁ俺も同じような事しょっちゅうやってた気もするけど……。自分の行動を顧みていると、サイコーが俺の首に唇を寄せてきた。
 う、息が……! サイコーの息が首にかかってる!
「ちょ! くすぐってー!」
「いーから」
  俺はよくない! しかしじっとしてろと言われた手前抵抗も出来ず、俺はひたすらくすぐったさに耐えた。この忍耐強さを誰か褒めてくれ。
「なぁ、口じゃなかったら良い?」
「? 何が?」
  意識が首筋に集中していた俺は、サイコーの言葉の真意がわからなかった。そしてその真意を身を持って知ったのが次の瞬間だ。
「!!」
  え、何、今のなに。今噛み付かれた? 首噛み付かれた?
 すっかりテンパった俺は硬直してしまった。だってそんな、思い付かないだろ。サイコーがそんな行動するなんて。サイコーはさらに首筋を噛んだり、な、舐めたり、していた。身体が震える。背筋がぞわぞわしてる。自分の心臓も何だかヤバイ音を立てている。身体は固まっているのに意識は冴えているから、尚更音が大きく聞こえる。今もサイコーの唇が首をなぞって、時折息を吸い込んでいる音がする。感覚がする。何だこれ。何だこれ。
「……! …………ふ、……う」
  今喋ったら変な声が出そうで、俺は唇を噛み締めた。サイコーはいつまでこんな事やってるつもりなんだろう。変な声が出るのも時間の問題かもしれない。そんな声聞かれたら恥ずかしくて死ぬ! 絶対すげー笑われる!
 段々ツラくなってきて、俺が自分の手で自分の口を押さえようとした頃、サイコーが離れた。俺から離れたサイコーは、眠気で死んでた顔をすっきりと笑顔に変えていた。……すっげー笑顔だ。何なんだ。
「あースッキリした! ありがとなシュージン、目が覚めたわ」
「あ、そう……」
  顔洗ってくる、と言い残し、サイコーは洗面所に消えた。俺はやっぱりよくわからなかったが、眠気が覚めたって言うんなら良かった……うん……。
 心臓の音はさっきよりは落ち着いているようだった。さっきの音が半端なかったんだ。すごい、死ぬかと思った。びっくりした。顔に手を当てると、手がひんやりとして気持ちよかった。これはよく考えなくても……俺の顔が熱いんだろうけど……あと首が熱い。むしろ全体的に熱い。サイコーが戻ったら俺も顔洗おう……。そう決めてサイコーが戻るのを待った。

 最近変なスキンシップと言うのはこれのことだけど、あの後サイコーに「嫌ならやめる」と言われて俺は思わず「別に嫌じゃないけど」と言ってしまった。サイコーがびっくりしていた。その後、またあのすっげー笑顔になった。むしろ俺がその顔にびっくりした。あと、本心から嫌じゃない自分に自分でびっくりした。
 俺は、サイコーがなぜこんなことをするのかとは聞けなかった。サイコーは聞いて欲しそうな顔をしていたが聞けなかった。いや、聞かなかった。頭の回転が良いと自負する俺のカンが「聞くな」と言っていたからだ。本能かも知れないけど。とにかく深く追求しないことにした。
聞いたら漫画どころじゃなくなりそうな気がする。



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