そんなに嬉しいもん?

 ほんの気まぐれだった。目の前にいるシュージンを描こうと思ったのは。

 絵の練習は欠かさないようにしている。描かないとすぐに腕は落ちてしまう。絵を描かない人にはわからないかも知れないが、絵ってそう言うものだ。
 漫画を描く以前から絵を描いていた僕は、それを身をもって知っていた。1日休むと、それを取り戻すのに3日かかる。そして今日も仕事場でとにかく描いているのだが、目の前のソファで昔のジャンプを読んでいるシュージンを見て、何となく描こうと思った。何となくだ。
 そう言えばシュージンが声をかけてきたのも、僕がノートに亜豆の絵を描いたからだっけ……今となっては懐かしい。
  ささっとアタリを付けて輪郭を取って行く。真面目にデッサン取るわけじゃないからクロッキー帳に描く要領で、要するにラフだ。シュージンは僕よりは大人びた顔をしてる。顎は結構細いみたいだ。目付きもキリッとしてるし、黙っている分には真面目で大人しい感じに見える。意外と表情豊かだから、いつもはそう感じないんだろうな。
 髪は硬そうに見えて実は結構柔らかい。これはさわったからわかる。
 そう言えばいつもヘッドフォンしてるな。今もしてる。聞こえてないかと思うとちゃんと人の話聞いてるし、もしかして音楽は流れてないんだろうか。
  10分ちょっとで描き上がった。ラフだし、こんなもんで良いだろう。
  シュージンに見せてみようかな……? 別に変には思われないよな……。石沢と同じことやってる気もするけど……それに見せてどうなるものでも……別にそんな、遊びみたいなもんだし……軽い感じで描いてみたって言えばいいよな。
 ……何で僕はこんな事で言い訳を探してるんだろう……ただ描いただけじゃん。他意はない。ないったらない。
「シュージン」
  目の前のシュージンに手招きをした。ヘッドフォンをしていたのにやっぱりシュージンは聞こえていたようで、振り向くと素直にこっちに来る。
「描いてみた」
「え、なに……これもしかして俺?」
  少し恥ずかしかったので、ぶっきらぼうに描いた紙だけ手渡した。シュージンが驚いてる気配がする。引かれたらどうしよう……。そんなこと思うくらいなら見せなきゃいいのに。でも描かなきゃいいのに、とは思わなかった。
  紙を見せてから2人ともずっと黙っていたので、いいかげん不安になってシュージンの顔を見てみた。
 するとシュージンがあり得ないくらいの笑顔になっていた。笑顔って言うか、もうとにかくキラキラしていた。こんなキラキラした笑顔なんて見たこと……あるかも。いやわかんない。とにかく最近一番のキラキラ笑顔だ。
「サイコーすげーこれすげー! これ俺だよな! 上手いっつかそっくりっつか、すげー嬉しい! これ貰っていい? 貰っていい?」
「え、うん、いいけど……」
  信じられないくらい喜んでいるようだ。そんなに嬉しいものなのか僕にはわからないけど、絵の描けない(絵心のない)人には嬉しいものなんだろうか。とにかく引かれなくて良かった。
 シュージンはとにかく嬉しいらしく、飽きずにずっと絵を見てニコニコしている。何となく顔も紅潮して見える。
「そんなに嬉しいもん?」
「嬉しいよ!」
「石沢も同じようなことしてたじゃん」
  あっ……今僕……墓穴掘った……。
「石沢は石沢。だって俺、サイコーの絵がすげー好きなんだぜ。すげー好きな絵で自分を描いてもらえるなんて嬉しいに決まってんじゃん!」
  顔が熱くなってしまった。恥ずかしかったので何かを描くふりをして視線を机に落とす。とにかく何か紙、紙がないと描いてるふりにならない。焦った。
「……じゃあ気が向いたらまた描いてやるよ」
「マジで!? その時は描く前に教えてくれよな。もっとカッコイイポーズで」
「そこまで意識されると描きにくい」
「じゃ、じゃあせめて寝てる時以外で……」
  ここまで喜んで貰えるのは描いた側としては嬉しい。でもそれだけじゃない、何かほわんとしたものが僕を包んだ。さっきより気温も高い気もする。変な汗が出てきた。外、雨なのに……。
 シュージンはまだニコニコしている。本当に嬉しそうだ。その笑顔に釣られて僕まで口元が緩んだ。
  寝顔は描くなって言われたけど、シュージンの寝顔って子供っぽくてちょっと可愛いんだぜ。とは言わないことにした。今度隙を見て寝顔を描いてやろう。



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