好き好きオーラ

「シュージン、あんまり人に好き好き言わないほうがいいよ」
「何が?」
  謹慎が解けたシュージンと一緒に、僕は仕事場に向かっていた。シュージンはネームの事で頭がいっぱいなのか、僕の話を聞いていたのかいないのか、間の抜けた顔をしている。
「だから、あんまり好き好きって」
「いやだから、何の話だかわかんないんだけど……」
「見吉と岩瀬の修羅場のこと、もう忘れたのかよ」
「アレは不可抗力じゃね!?」
  俺が悪いの!? とシュージンは言いたそうだが、僕から見たら期待を持たせる発言をしたシュージンもどうかと思う。そもそもシュージンは天然なのか、よく人に誤解をさせるような発言が多い。
「今まで誤解されたことねーの? 岩瀬みたいな」
「ああ言う特殊な例はちょっと……」
  ないらしい。信じられない。僕でさえしょっちゅう『サイコーすげー!』『サイコー才能ある!』と言われて、好き好きオーラを全身に浴びていると言うのに。あんなに言われて『そんなつもりはありませんでした』って言われたら怒るかも。
 ん……?
「シュージン、俺のこと好きだよな」
「今度は何だよいきなり。好きだけど」
「見吉より?」
「えー!? それとこれとはベクトルが違くね?」
  違うもんか。少なくとも僕にとっては。……なんて事は言えるはずがないんだけど。
「……まぁ、見吉より。かな」
  まぁ、って何だよ。でも今の僕には満足のいく回答だった。
「女子より漫画優先って言ったのは俺だしな。俺にとって漫画=サイコーだから、そんな感じ」
  都合の悪い言葉は聞かなかったことにした。



尽くす幸せ

 あの可愛い顔に騙されちゃいけねーなーと思った……。
 サイコーはちょっと童顔だ。背も俺より小さいが、最初に喋った時はすげー男らしいと思った。そんな訳で第一印象は「意外と男らしい」。
  俺とサイコーは組む前はそんなに喋るほうじゃなかったが、組んでからはその印象が堅固なものなった。とにかく頑固だし負けず嫌いだ。妥協もしないし手も抜かない。それは俺に対してもだ。ネームチェックの時だって、容赦のないツッコミはガンガン入れてくる。
「シュージン、クセ抜けてないよ。これじゃ少年漫画じゃない」
「あ、ああ、ごめん。書き直す」
  こんな風に。でもそんなはっきりした性格は好きだ。

 作画作業に入ると俺もアシスタントに入るけど、どうしても作業量はサイコーの方が多くなってしまう。サイコーはネームの清書もやってるし。だからサイコーが余計な事に気を取られないように、周りのこととかはなるべく俺がやってやりたいと思う。
 今もサイコーの分のコーヒーを淹れている。もうすっかりサイコー好みの分量を覚えてしまった。仕事場に泊まることが多くなってから、着替えも持って来てるって言ってたけど、そう言えばそろそろ風呂に入らないと気持ち悪くなって来たんじゃないだろうか。って事は風呂に湯張った方がいいかな? 張っといてソンはないか。入れとこう。ついでに着替えも置いといて……と。
「シュージーン! なくなったー!」
「! ちょっと待って」
 さっき机の上を見たら、ボックスティッシュの残りが少なくなっていた。今呼ばれたのはそれのことだろう。俺はボックスティッシュを1個クローゼットから取り出すと、ティッシュペーパーを1枚スタンバイさせてサイコーに差し出した。ついでにさっき淹れたコーヒーも。
「風呂、あと20分くらいで入れるからな。そろそろ気持ち悪いだろ」
「お? おお、サンキュ」
  サイコーがペン先に付いたインクをティッシュで拭いながら、俺をじっと見た。
「シュージン、何か奥さんみてー」
「えっ……」




絹糸のような

「シュージンの髪って染めてんの?」
「いや、地毛」
  シュージンの髪は柔らかくて明るい栗色だ。屋上の気持ち良い空気とセットの太陽の光に透かすと、金糸にも見える。 僕の髪は真っ黒でしかもクセ毛なので、こう言う髪質は実は結構羨ましい。
「俺もこう言う髪の毛欲しかった。いいなぁ」
「良くねーよ! だいたい風紀検査で引っ掛かんだから。そんでその度地毛ですって言って、証拠にちっちゃい頃の写真とか見せるハメになるんだぜ」
  僕にはそんな経験ないので、ふうん、と気のない返事をしながらシュージンの髪を弄っていた。 でもシュージンは勉強が出来るから、多少染めてても大目に見てくれそうな気もする。とりあえず真面目だし。
  髪を根元から毛先まで、指先でたどる。つるつると気持ちよく滑った。ああ、こう言うのを多分キューティクルって言うのかなぁ。 気持ち良いなぁ。
「いつまで触ってんだよ」
「あ、ごめん。触られんのやだ?」
「嫌じゃねーけど……」
「あんまり触られるとハゲるの早いんだっけ」
「サイコーてめー」
 シュージンは苦笑いしていたけど、別に僕の行動を咎めるようなことはしなかった。つるつるした髪を無言で触っている僕と、何だかちょっと居心地悪そうにしているシュージン。他の人から見たら、変な奴らだと思われるんだろうなぁ……。
  と思ったら、屋上に出ようとしたと思われる他の生徒が、僕達を見て変な顔をしていた。 ……絶対良くない想像されてるな。でも、別にそれでもいいか。
  僕は触れていた指先はそのままに、気付かれないよう祈りながらシュージンの髪に唇を寄せた。

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